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高松高等裁判所 昭和55年(う)50号 判決 1981年4月14日

被告人 松園義見

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人佐長彰一、同中村忠行、及び被告人本人各作成名義の控訴趣意書に記載のとおりである(但し、被告人作成名義の控訴趣意書の趣意は、被告人の検察官に対する供述調書の任意性を争うものであり、弁護人佐長彰一作成名義の控訴趣意書冒頭に「原判決は理由不備の違法、法令の適用の誤り及び事実誤認があり……」とあるのは、第一点として、原判決が公職選挙法一三九条関係につき判示しないのが理由不備であると主張し、第二点として、原判決が被告人の所為を同法二二一条に該当すると判断したのは、法令の適用を誤つたか、あるいは事実を誤認したものであると主張するものであると釈明)から、これらをここに引用する。

一  佐長弁護人の控訴趣意書第一点について

論旨は、原判決が原判示第一の一ないし三、第二の一ないし九の各金員が公職選挙法二二一条所定の投票等買収金であると判示したことにつき、右金員は集会場における一人あたり一五〇円相当の茶菓子代であることが証拠上認定でき、それは同法一三九条により、選挙運動に関して、その提供が許容されている社交儀礼としての茶菓子を買う費用に他ならず、原判決がこれを投票等買収金と判示するについては、右一三九条との関係を判示しなければならないのに、その判示をしなかつたのは判決の理由に不備があり、破棄を免れないと主張するものである。

しかしながら、原判決は被告人が昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員通常選挙に際し、立候補した梶木又三及び真鍋賢二候補、或は真鍋候補に当選を得しめる目的で選挙人でありかつ選挙運動者である上村正彦外の者にそれぞれ金員を供与し或いは供与の申込をしたことを認定判示した上で公職選挙法二二一条一項一号を適用していることが明らかであつて、右判文自体、被告人の本件各所為が同法一三九条但書によつて適法視される場合や同条本文、同法二四三条一号違反に問擬されるべき場合に該当しないことを示していると解されるのであつて、原判決に同法一三九条との関係に触れ説述した部分がないからといつて、これを理由不備の違法があるということはできない。論旨は理由がない。

二  被告人の控訴趣意について

論旨は、被告人の検察官に対する自供調書には任意性がないのに、原判決が証拠能力を肯認して、本件全事実に対する有罪判断の証拠に供したのは、訴訟手続の法令に違反したもので破棄されるべきであると主張し、その任意性がない根拠事由として、検察官は被告人に手錠をかけさせたまま、その前の机を叩き怒鳴るなどして自白するよう強要し、さらに被告人が酷暑の期間に勾留され、体重を八キログラムも減ずるほど衰弱しているのに乗じて、被告人に自白すれば直ぐ釈放してやる旨告げたため、被告人は右の違法な利益誘引に屈して、不本意ながら、自供した、というのである。

そこで審案するのに、これら供述調書は、被告人側が原審公判廷で任意性に疑いがあるとの留保を付しているが、同意のうえ取調べられたものである。しかも被告人が手錠をかけられていたのは身柄押送中のことであつて、手錠をかけられたまま捜査官から取調べを受けた訳でないことは、被告人が当審公判廷で自認するところであるから、その手錠使用を根拠として、供述調書の任意性がないとする所論は理由がない。次に被告人は原審当審公判廷で、自分が本件容疑で逮捕勾留されてから約一週間後の、暑さのため疲労していたころ、弁護人から、自分が容疑事実を供述しないと、自分より先に逮捕勾留されている関係者も釈放されない旨告げられ、そのころ、捜査官から容疑事実は既に判明している、自分が自白したら直ぐ釈放してやると告げられたので、容疑事実を供述する気持になつて、その供述調書に署名指印したこと、小浦検事は自分を取調べた際、自分が相手へ提供したと説明している金額が一桁違う旨難詰し、前の机を手で叩いて自分を怒鳴りつけた旨供述するが、被告人において暑さなどのため疲労していたとしても、また弁護人から右のような言辞のあつたことは、その供述の信憑性について十分な吟味を要する事由とはなりうるが、その供述の任意性に疑いを生じさせるべきものとまでは認められず、身柄の釈放を餌にして自白を誘引された旨の弁解については、その誘引をしたという捜査官の特定がないことも含めて、その状況が至極曖昧であること、及び被告人が当時、接見した弁護人に右捜査の不当を訴えた形跡がないことに徴して、被告人の右弁解は容易に措信できない。さらに検察官が被告人を取調べている際に、怒鳴つたり、机を叩いたりしたことがあつても、被告人はこれにひるむようなことはなく、供述を変更したことはないというのであるし、当該検察官へ政治の危機や革新政党の存在意義などを説明したことなどをも合わせ考えると、その検察官に対する供述は任意性に欠けるところがないと認められる。本論旨は理由がない。

三  佐長弁護人の控訴趣意書第二点及び中村弁護人の控訴趣意書第一点について

論旨は、原判示第一の一ないし三、第二の一ないし九の各事実につき、被告人は右金員を部落座談会の出席者へ出す湯茶添えの菓子代あるいはその会場借用料の支払に使つて貰う趣旨のみで提供したもので、被提供者の投票及び投票取りまとめ等の選挙運動をして貰うことに対する報酬を含む趣旨ではなかつたのに、原判決がこれと異なる判断をしたのは、事実を誤認したか、法令の解釈適用を誤つたもので、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであると主張し、原判示金員には、被提供者に対する投票買収あるいは被提供者の投票獲得運動に対する報酬の趣旨を含まない根拠事由として、中村弁護人は、被告人が右金員を提供するに至つた経緯は、自民党仲南支部役員会で、同支部主催により仲南町の各部落単位で座談会を開催することを協議決定した際、その座談会に必要な湯茶添えの菓子代及び会場使用料を同支部から部落の世話人へ渡す旨決定されたので、これにしたがい、当時、自民党仲南支部の会計責任者であつた被告人が右部落座談会の経費として原判示各金員を提供したものであり、その金額は一会場あたりの場所借用料約一、〇〇〇円、茶菓子代三、〇〇〇円ないし四、〇〇〇円(一人あたり約二〇〇円相当)であつて、その座談会費用とみて相応額といえることに徴しても、右金員には投票買収金等の趣旨を含まないといい、佐長弁護人は、被告人が提供した原判示各金員は、すべて、部落座談会に出す茶菓子代として提供したもので、その一会場あたりの金額は一人平均の茶菓子代を一五〇円くらいとし、部落の人数を勘案して算出し、さらに右金員授受の際、被告人はこれが右の茶菓子代であることを明示して、使途が自由な金員でないことも明らかにしたから、投票買収等の趣旨を含むいわれがない、というのである。

(一)  そこで審案するのに被告人が原判示金員を供与するまでの経緯をみると、関係証拠を総合すれば、その四日ないし八日前にあたる昭和五二年六月二八日、自由民主党香川県連合会仲南町支部役員会が開かれ、当時の支部長五所野尾基彦、幹事長被告人はじめ仲南町の町会議員数名を含む有志二〇名近くが参集して、原判示参議院議員選挙で原判示候補者を応援する選挙運動を協議し、仲南町内の一〇数個の部落ごとに座談会を、地元有志の世話で開催し、有権者を呼び集めて貰い、被告人ら支部の幹部が候補者への投票を訴えることを決定したが、その際、参集者の一部から、座談会の場所代や茶菓子代はどうするのか、部落の有権者を呼び集めるにしても、農作業等で多忙な時期であるのに、座談会へ集まつて貰うためには、茶菓子でも出さなければ協力して貰えない旨の発言があり、その場で被告人が支部長と内談し、党香川県連から同支部へ党費五万円前後が下付される予定なので、その金員の一部を世話人へ渡して、部落座談会の際の茶菓子代などに使つて貰うとの相談を遂げたうえ、被告人が参集者に対し、党費から世帯数の多い部落には四、〇〇〇円、少ない部落へは三、〇〇〇円出す旨を告げ、一同も諒解したこと、

(二)  その三日後の同年七月一日ころ、被告人は前記香川県連から仲南支部への党下付金七万五、〇〇〇円を受領し、その金額が予定額より多かつたので、五所野尾支部長と相談し、前記支部役員会で告げた額に一、〇〇〇円加算することになり、原判示のとおり上村正彦等部落座談会の世話人一三名へ部落の世帯数の多少に応じ、少ない部落へは四、〇〇〇円多い部落へは五、〇〇〇円を提供したこと、

(三)  右集会の場所には世話人の手で仲南町の公民館支所、部落共有の集会場、私的な寺院、あるいは世話人の自宅が借用されたこと、もつとも従前よりの慣例からみて、一部の部落を除いて、右場所の借用料を支払う必要がないものが少なくなく、原判示金員を受領した一三名中、会場借用料を現実に支払つた者が三名(一、〇〇〇円ないし二、〇〇〇円あて)、支払いを予定していた者が一名(一、五〇〇円)あること、及び右一三名中一一名が集会へ呼び集めた有権者へ出す茶菓子等を購入したが、その一人当り分の代金は数一〇円から二〇〇円くらいまでの幅があること、

(四)  原判示金員受領者一三名中、一一名までがその受領金から集会の茶菓子代や場所料を支払つたとはいえ、その費用を差引いても残余金があつた者が四名いたし、他の二名中、一人は受領金を費消せず所持したままであつたし、その余の一名は、これを集会場の後片付を依頼した第三者へ労賃として渡したが、いずれもその清算報告はされなかつたこと、

(五)  その各部落集会に参集した有権者数は一集会につき七名ないし二〇数名という顕著な差異があり、被告人はその殆んどに顔を出すなどしてその参集員数を知つていたのに、渡した相手に(集会前に渡していた者に)、あるいは渡す際などに(集会後に渡した者に)、その集会経費の有無や金額を全く確めようとしなかつたこと、

(六)  被告人は当公判廷で、原判示金員を供与した相手が、これを集会経費に使用し、残余金が出た場合には、同人らが適当に他の用途に使つて貰えばよいと思つて、供与した旨供述していること、さらには被告人は検察官に対する供述調書で、前記仲南支部役員会で茶菓子代の話しが出た際、部落の有権者を呼び集めて投票を頼むというのに、茶菓子くらいを出さないと、その立腹反感を買い、投票してくれないことになろうし、そうさせないための茶菓子代を集会設営の世話人に負担させるわけにはいかない、そんなことをしたら世話をして貰えないから、同支部へ下付される党費の一部を世話人へ供与する気になつた旨供述していること、

以上の事実が認められるのであつて、これらを総合すると、被告人が原審当審公判廷で供述しているように、原判示金員は、被告人から部落座談会の設営に必要な場所賃や茶菓子代にあてる趣旨で部落ごとに、その世話人らに各金員処分の裁量を一任して提供したものであると認めざるを得ない。もつとも、原判決は原判示金員を投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬などとして供与し、あるいは供与の申込みをしたものであると認定し、被告人が右世話人らに供与等した趣旨の中には同人らに投票ならびに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、同人らのその所為に対する報酬とする趣旨も含まれているものと認定しており、被告人も検察官に対する供述調書において、被告人が右世話人らに供与した原判示各金員中には、同人らが原判示候補者への投票取りまとめ等の選挙運動をすることに対する御苦労賃の趣旨も含まれていた旨供述し、関係者の中には検察官に対する供述調書において、これに符合する供述をしている者もある。しかしながら、そもそも渡された金員が一部落あたり五、〇〇〇円あるいは四、〇〇〇円というのであつて過半数の者はその趣旨に従つて部落集会用の場所代や菓子代等に費消し切つており、右のような趣旨に全く支出せず、部落の有権者一三名くらいの集会を設営したものの、茶菓子を準備せず、被告人から渡された金員に不安を感じて、費消せず、そのまま所持していた者(それも同人は保管していただけに過ぎないという。)(原判示第二の二)、を除くと、会場費菓子代等に支出した残りといつても、

1  原判示第一の一については小国会館の使用料としての意味を含むと思われるがそれの清算もされていない状態のままにされていたこと、

2  同第一の三についてはフアンタ代二、〇〇〇円支出した他、会場費として一、五〇〇円予定していたというのであるから残りは一、五〇〇円となると思われること、

3  同第二の三については、支出された菓子代一、五〇〇円分、会場費二、〇〇〇円を除くと残りは一、五〇〇円になること、

4  同第二の九については、菓子するめ代等を控除すると残りは五八五円くらいになつたこと、

5  なお、同第一の二は部落のいわゆる足洗に際してのものであるが被告人から渡した五、〇〇〇円は、受領者の手でその後片付けをしていた者に対する御苦労賃として渡されていること、

これらよりみて、原判示金員は部落集会の会場費やその茶菓子代として渡されたものであり、しかもその使用方法は渡された部落世話人の裁量に委ねられたものとして同人らに供与されたものといい得ることの証左になり得ると認められるが、このように過半数は会場費や茶菓子代に費消し尽くされ、残余の出た分も右の程度の金額でしかも区々であることを考えると、これらの金員を、渡される当初から右世話人らの投票や投票取りまとめの選挙運動に対する報酬としてその所得に帰せしめる趣旨で渡されたものであると認定するのは困難である。しかもこれら世話人は原判示候補者の選挙運動組織にとつていわばその枝条たるべき重要な役割を果すべき者である。全体としてみて、いわば右の程度の余り金の出ることを当然のこととして予定し、渡す当初からこれを同人らの選挙運動の報酬とする趣旨であつたとは考え難いのである。現に同人らに対する慰労会は別途自民党香川県連本部から組織活動費として渡された四万円で賄い行うべく被告人らは考えていたのである。加うるに、本件金員を座談会の開催費用として部落の世帯数の多少に応じてそれぞれ渡すことは自民党仲南町支部役員会の席上で半ば公然と論議され渡すことに決したのである。世話人に対する運動報酬も含むとすれば、当然部落内で口の端にのぼり非難されることのあり得ることも覚悟せねばなるまい。もつとも世話人に渡した後にその使途について領収証も徴していないし、清算もしていない。被告人が当審において「部落座談会の会場費や茶菓子代等に使つて残余が出た場合に被告人の方へ返すなり、部落の方へ寄附するなりそのてだてをすべきではないか。」との問に対し「今となつたら。そのときには何とも。」と答えているが、その点は確に被告人の手落ちであり、非難されてもやむを得ないところであろう。確に、曖昧な金員の渡し方であり、残余金が出てもその処分は相手に一任する、場合によつては相手の所得に帰そうと被告人は関知しないという考えであつたとみざるを得ない。しかし、それだからといつてこれは相手の投票なり選挙運動に対する報酬にする意図であつたと認定するのは、前記のような状況よりみて早計であると考える。それはあくまで深く意に留めないままに単に部落ごとに相手に処置を一任して部落集会費用として渡しただけのものであるとみるのが素直な実相の見方であると考える。被告人や関係者の捜査段階における供述調書中に世話人の投票や運動報酬に対する趣旨も含んでいた旨の供述部分があるが、これは理に走り過ぎた見方の表れではないかと考える。この点原判決の事実認定には必らずしも正当でないものがある。

しかしそうとはいつても、被告人の原判示金員の提供は結局、公職選挙法二二一条一項一号の罪に該るものと認められる。すなわち、被告人が右世話人らに渡した金員は、世話人らが部落座談会を開くに当つての会場費やそれへの参集者に提供する茶菓子代名目で各部落ごとにその世帯数の多少に応じて五、〇〇〇円あるいは四、〇〇〇円と定めて各部落ごとにその使途を委ねて渡しきつたものと認定すべきこと前記のとおりである。そしてその各部落座談会は、その時期、参集者、これが開催されるようになつた経緯、右会場での話の内容等よりみて、昭和五二年七月一〇日施行の参議院議員通常選挙に際し、原判示第一の一ないし三の各事実に関しては梶木又三、真鍋賢二両候補の、同第二の一ないし九の事実に関しては真鍋賢二候補のため、それぞれその当選を得しめる目的をもつて開かれたものと認めざるをえない。もち論、この部落集会の際、提供された茶菓子あるいは飲料水等をもつて、直ちに参集者に対する投票買収であるとか、選挙運動買収であるとか、あるいは公選法二二一条一項にいう饗応接待であるというような観点で検察官が事件処理をした形跡は窺われない。(むしろ、それは、同集会の参集者に対し、これに出席したこと自体だけに対する労をねぎらう程度の意味しかもたないもので、個々的には取り上げるに値しないものとみたのかも知れない)。しかしながら、当選を得しめる目的で選挙人や選挙運動者に飲食物を供与し、饗応接待することは公選法一三九条も容認してはいないのである。さらに遡つて、右金員を部落座談会の世話人に渡した被告人の意図を考えると、それによつて、直ちに投票買収しようとか、選挙運動買収しようとしたものでないにせよ、部落集会の設営費を世話人に負担させる訳にもいかないし、集会に際して、茶菓子くらいは出さないと、参集した有権者らの軽侮反感を招き、被告人の推す候補者に投票してくれなくなつたり、投票されるべき票が散じたりすることをおそれて、つまるところ、被告人の推す前記候補者の当選を得させる目的で、前記集会設営の用途を賄うべく、具体的な使用の裁量は、各部落の世話人に一任して渡しきりで渡したものと考えられるのである。

思うに、公選法二二一条一項一号によれば、当選を得しめる目的で選挙人又は選挙運動者に対し金銭を供与し、あるいは供与の申込みをした者は三年以下の懲役若しくは禁錮又は二十万円以下の罰金に処せられることになつているが、ここに供与を禁ぜられている金銭はいわゆる狭義の投票買収金員(投票の報酬対価としての金員)あるいは選挙運動買収金員(選挙運動の報酬対価としての金員)に限られるわけのものとは解されず、本件のように被告人の推す候補者の票が散じないように、畢竟その当選を得しむる目的で本来支出すべからざる茶菓子代資金を各部落の世話人へその処分を一任して渡したとみるべき場合においても、候補者の当選を得しめる目的で渡すべからざる金員を供与し、あるいは供与の申込みをしたものとして公選法二二一条一項一号に禁ぜられているところの犯罪が成立するといわざるを得ない。あるいは被告人はこのような所為は違法でないと考えたかも知れない。しかし、事実の認識に欠ける点はないし、公選法二二一条の趣旨よりみて被告人の犯意に欠けるものがあるとするわけにはいかないのである。そうすると、原判決の事実認定には正当でないところもあるが、右は判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえず、原判決破棄の事由にはならない。

なお、中村弁護人は、上村昇の検察官に対する供述調書を引用し、同人は被告人から原判示金員を集会に参集している部落有権者多数の面前で、公然と手渡された旨供述していることも右金員が投票買収金でないことを窺知させる証左であるというが、これも右のような見方の裏打ちとなる一証左であろうと考えるが、被告人の刑責を否定するに足るようなものではない。それ故、本論旨は理由がない。

四  中村弁護人の控訴趣意書第二点について

論旨は、原判示第二の一〇ないし一二の事実につき、原判示各金員は、被提供者を含む一四名が真鍋候補者のため高松市へ出向いて選挙運動をするについての自動車駐車料など交通費等に対する実費弁償の趣旨で提供したものであるのに、原判決が投票買収の趣旨も含まれていたと判断したのは事実を誤認したもので、右訴因全部につき被告人は無罪である、というのである。

そこで審案するのに、原判示国重正広等三名は被告人からの依頼に応じて、各一回あて、自己の乗用自動車を運転し、地元の有志数名ずつを同乗させて、仲南町から高松市内の真鍋候補選挙事務所へ激励の陣中見舞等のため往復したことはあつたが、その駐車料金は一回につき約三〇〇円、往復の油代は約一、〇〇〇円であつたから、その際、山崎良行にもう一台の自動車を運転して貰つた実費を合算しても、その経費合計は、五、〇〇〇円余であり、供与した金額より遙かに少ないことが認められ、他に同人らへ支払うべき債務もなかつたことにかんがみ、所論に副う原審証人国重正広の証言及び被告人の原審当審供述は到底措信できず、却つて、原判示金員中に、投票取りまとめの選挙運動をすることに対する御苦労賃等の趣旨も含まれていた旨の国重正廣、近石一彦、高木孝三、及び被告人の検察官に対する各供述の方が十分に信用できるものと認められる。

それ故、原判示第二の一〇ないし一二の事実に事実誤認の廉はなく、論旨は理由がない。

五  中村弁護人の控訴趣意書第三点は、検察官が被告人を起訴したのは、公訴権の濫用であるから、公訴を棄却されるべきであるというのであるが、本件犯罪の性質、回数、供与した金員の合計額などにかんがみ、その公訴を提起したことが公訴権の濫用であるとは到底認められない。所論は、被告人が有罪であるといえるのであれば、五所野尾基彦はその共犯者であるといえるし、原判示第二の五ないし九で、供与申込みの相手とされている松下勝等六名にも、原判示のような投票買収の趣旨を含む金員であることの認識があつたというべきであり、同人らに有罪を認定する証拠が検察官のもとに収集されている筈であるというが、たとえ、同人らの有罪を認定するに足る証拠があるとしても、被告人の本件所為を起訴した検察官の処置が公訴権の濫用であるとまでは認められない。本論旨も理由がない。

よつて、刑訴法三九六条により、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東正七郎 滝口功 佐々木條吉)

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